書評 『いつも旅のなか』
- 角田 光代
- いつも旅のなか
旅行記なんて、「何食べた」、「何処行った」。そんな私的な記録のはずが、彼女の視点で語られたエッセイは、短編小説を読むように面白い。
これは、フィンランドとロシアを結ぶ国境を、列車で超えた時のエピソードだ。
車窓から望むのは、北欧の森に点々とする、童話みたいな民家だ。列車に気づいた子供達は、こちらに向かって大きく手を振っている。
そんな、のどかな風景から一転して、ロシアへと入国する。
「大きいものであれちいさいものであれ、イミグレーションという場所は、その国と、その国に住む人々の個性を、ものすごく簡潔に明確にあらわしていると思う」。そう著者は語る。
日本から持ち込んだ酢昆布片手にビールをガブ飲みしていた彼女。それがお国柄なのだろう、人の尿意すら無視するロシア人の規律正しさが、同行していた女性編集者を襲う。
尿意VSロシア人。
これは、単純に笑えるエピソードである。しかし、ロシア旅行の項を読み終えたとき、ちょっと心にしこりが残り、ただ「面白いことがありました」という報告だけに終わらないのだ。
バリで謎の茸の粉末で、危うく「帰ってこられなくなる」ほどトリップしてみたり、ゲリラ活動まっさかりのスリランカを旅してみたり、アイルランドで住人のふりをして一ヶ月アパートを借りて暮らしてみたり…。
無謀とも思える著者の行動にハラハラさせらるんだけど、その旅を読み終える度、なんともいえない読後感が心に残る。
直木賞受賞作家のエッセイとういだけで手にとった本だったけど、予想を裏切るほど面白かった。
私は、このエッセイに登場する国の、どれ一つとして行ったことがないが、その地を旅したことがある人なら、もっと共感できると思う。
最後に、参考までにエッセイに登場した地域を目次順に列記してみたい。
モロッコ、ロシア、ギリシャ、オーストラリア、スリランカ、ハワイ、バリ、ラオス、イタリア、マレーシア、ベトナム、モンゴル、ミャンマー、ベネチア、ネパール、プーケット、台湾、アイルランド、上海、韓国、スペイン、キューバ
まだ夏休みの旅程を決めていない人には参考になるし、あるいは、これを読んで旅気分を盛り上げるのもいいだろう。
(山下惣一)