『東京少女 ボクとオタとお姫様の物語』 | 書籍流通の裏ブログ

『東京少女 ボクとオタとお姫様の物語』


かつては便所の落書きと揶揄された、そんな2ちゃんねるからオタクの純愛物語「電車男」は生まれた。


2ちゃんのスレッドが新潮社から出版されると知り、そんなものが売れるわけないと思ったが…。あにはからんや。書籍はベストセラーで、映画も大ヒットしたみたい。


もうすぐ四十路に届く歳になってから、オレもかるく保守的になった。

「電車男」は読まない、映画も見ないと決めていた。ところが何の手違いか、ドラマ版「電車男」を最終話まで欠かさず見てしまった。しかも、ほろほろと涙までこぼして…_| ̄|○


そんなこんなで、また2ちゃんで綴られた純愛物語が出版されたらしいので、今回はこの手に取って読んでみる。


七重 俊
東京少女~ぼくとオタとお姫様の物語

そもそもは、2ちゃんの「モテない男性」、通称「喪板」の一スレッドで語られた著者の体験談らしい。

(東京少女を読後、ネットで調べた)

掲示板に自称モテない男が集まり、ただ意味もない書き込みが続くなか、その物語は唐突に始まった。


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70 名前: ('A`) 04/08/16 07:33

クリスマスイブにデートの娘を買ったことがある。
Hなしっていう条件。拘束時間は明け方まで。
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つまり70番目にカキコした著者は、以降、70氏と喪板住人に呼ばれ、いつしかスレッドは70氏の語る、「ぼくとオタとお姫様の物語」を中心に展開するのだ。


どんな小説でも、冒頭の一行は重要だ。


インパクトがあって、読者の興味を引き、さりとてあざとくもない。そして物語の進むべき方向へベクトルの矢印が間違ってない。


この物語は著者の体験で、つまり実話。文章には素人だという七重氏だが、だとすれば、その潜在的な筆力には脱帽である。
物語の冒頭から、読者の興味をぐいぐい引き出し、一気に最後まで読ませてしまう。


登場人物は、著者である「七重氏」と、クリスマスイブに買った「お姫様」、そして「七重氏」の友人である「オタ」である。
確かに、人物描写に筆が足りず、具体的に登場人物の人柄を想像するに困難だ。

そして、「お姫様」には謎があり、その謎によって読者は興味を損なうことなく、最後まで読めるのだが…。


こんな感想を書いてしまうことに躊躇するが、その謎解きは読者を納得させるに充分ではない。

しかし、これは七重氏の実体験で、小説のように読める物語であるが、実際はドキュメンタリーなのだ。
「モテない男性」の集う掲示板にカキコした、七重氏が体験した切ない恋物語。謎の部分は、結局謎として残り、またそこにリアリティがある。


ネットの掲示板。


そこには、様々な人生の断片が書き込まれている
また、電車男にしろ、この七重氏の体験にしろ、その真偽はネットで議論されているようだ。

騙されないと身構える大人でいるか、素直に騙される子供でいるか。もし、騙されて実害がないのなら、それに乗って楽しむのもいいと思っている。


七重氏の思い出が綴られた物語。

彼はまとめサイトを否定して、2ちゃんのスレッドに埋没する物語でいいといっていた。
彼は、彼の思い出を整理するために、その捌け口として2ちゃんを利用したにすぎないのだ。

しかし、この秋、彼の切ない思い出が一冊の書籍として出版された。
文章もしっかり推敲されて読みやすくなっているし、また2ちゃんで語られなかった部分も入っている。

あの日、一瞬でも七重氏の腕の中でやすらぎを得たお姫様が、この本をどこかで手に取ることを希望する。そして、彼の携帯の着信音を鳴らしてくることを…。


誰にも物語の一つや二つあって、それがネットの掲示板で語られるこもあるだろう。でもそれは、本来ならキャッシュのゴミとなる物語…。しかし、そこから掬い取られたのが、この一冊の書籍である。

もうすぐ冬が来るけど、七重氏があの冬に体験した出来事を巻き戻し、どうぞ読者にも体験して欲しい。


(山下惣市)